広島県では、毎年、地域交流の推進や文化の振興等に功績があった個人や団体に広島県地域文化功労者表彰を贈っています。
今回は、今年度受賞された方の中から、前回の三次太鼓育成会に引き続き、広島県にとどまらず、国際的にご活躍中の水嶋良雄氏をお訪ねし、専門のグレゴリオ聖歌をはじめとする様々なお話を伺いました(以下敬称略)。
広<島県地域文化功労者表彰の受賞、おめでとうございます。長年にわたり第一線で活躍しておられますね。
水嶋:ありがとうございます。グレゴリオ聖歌の研究、翻訳、楽譜校訂、演奏など、忙しくしております。もうそろそろグレゴリオ聖歌学会の役員も引退しようと思っておりましたが、世界的な動向の展開で、後進育成に尽力せねばという状況が出てきましたので、あと少し頑張ろうと思っています。
グレゴリオ聖歌について簡単に教えて下さい。
水嶋:ローマ・カトリック教会の伝統的な単旋律無伴奏の典礼聖歌のことです。現存する宗教音楽の中で最も古いもので、8世紀までさかのぼれます。この聖歌が誕生していなければ、今の西洋音楽はなかったのではないか、と言われるぐらい重要なもので、ベートーベンの交響曲第9番にも、グレゴリオ聖歌が一部使われています。
グレゴリオ聖歌に出合われたそもそものきっかけは。
水嶋:私は九州の出身で、九州の大学の理工学部を卒業した後、学校の教師をしていました。大学生の時も合唱部に所属し、教師をしている時も合唱指導を行っていました。それで音楽についてもっと専門的に勉強したくなり、教師の仕事を辞して、広島市内にあるエリザベト音楽大学に入り直しました。ご存知のとおり、エリザベト音楽大学はカトリック系の大学で、宗教音楽の授業があり、それでグレゴリオ聖歌に出合いました。大学の創設に力を注いだゴーセンス先生の指導のもと、研究を始め、さらに深めるため、先生の勧めもあってフランスに留学しました。
これまで、グレゴリオ聖歌の知識と経験を元に合唱の指導にも数多く携わってこられましたが、その時の思い出等をお聞かせください。
水嶋:東洋工業(現 マツダ)の合唱団を指導し、全国大会へ毎年行きました。当初は、夜行列車で当日の朝に会場入りし、演奏が終わったら、また夜行列車で帰るという状態で大変でした。しかし、次第に会社の理解も得られ、それに応じて連続上位入賞していきました。
パリで開かれたグレゴリオ聖歌世界大会にも招待され、学生や地域の方々による合唱団で参加し、ノートルダム大聖堂での開幕演奏も担当、雑誌の表紙写真にもなりました。その時のパリ市長は、フランス大統領になる直前のシラク氏。遠い日本からよく来た、と喜んで下さったことが思い出されます。
広島の文化活動を取り巻く環境が随分変わりましたが、どのようにご覧になっておられますか。
水嶋:もう40年以上前の話になりますが、合唱の全国大会を広島で、と全日本合唱連盟本部の視察がありました。しかし相応しい会場がなく、開催はなりませんでした。それから約9年後には広島市内の体育館で行いましたが、音響の設備が万全ではありませんでした。その後、ようやく文化施設が増え、本格的な全国大会もできるようになってきました。同時に、文化活動をしやすい環境にもなり、これからは中身の充実がさらに望まれていくことでしょう。
これはよく言われることですが、お金をかければ施設はできますが、中身は育つものではありません。人を育てる、文化を育てるということはすぐに結果としては出ないのです。上面ではなく、遠い将来を見据えた取り組みが必要です。
世の中が急激に変化する中、人々は心の豊かさを求めており、文化の重要性はこれからますます高くなってくると思われますが、今何が必要なんでしょうか。
水嶋:文化振興にもいろいろあって、特別な最高の文化・芸術を育てていくことも大切ですが、普通に暮らしている人が、ごく普通に接することができる文化、環境を育てていくことが大切ではないかと思います。優れた才能も突然に現れるのではなく、そんな環境から生まれるものだと思っています。
ヨーロッパに行って感じるのは常に自分たちの中に何か誇るものがあるということ。どんなに小さい町へ行っても「これが我々の自慢」というものがあり、それをとても誇りに思っています。広島は、文学では鈴木三重吉、倉田百三、絵画では小林千古など、数多くの文化人を輩出してきました。広島には文化を育てる潜在的な高いエネルギーがあると思っています。後は、どれだけ自分たちの誇りとなるものが持てるか、ということに尽きると思います。
文化の振興のために、我々ができることは何でしょうか。
水嶋:広島交響楽団がホールを出て、地域で演奏することを続けているようですが、中には初めてオーケストラの演奏を聞く子どももいるわけで、その迫力に驚き、またとても喜ぶそうです。いろいろなことを体験させ、興味を持たせ、感動する気持ちを育くんでいける豊かな土壌づくりが大事なんだと思います。本来ならば、一地域で行うことではなくて、県レベル、国レベルで取組んでいかなければならないことだと思います。
文化は生活の糧にはならないけれど、人間の心を豊かにしていくためには必要なものです。自分たちの文化をしっかり持つことは、生きる活力を生み出し、大きな力となります。本来、文化というものはもっと伸びやかで誇り高いものです。それぞれの中に「これが私の自慢、誇り」となるものが芽生えれば、もっと文化が身近になり、育っていくものだと思います。
本日はありがとうございました。グレゴリオ聖歌を歌いながらのお話、とても興味深いものでした。今後のますますのご活躍を祈念しております。 |
パリで開かれたグレゴリオ聖歌世界大会に招待された時の演奏。指揮するのが水嶋氏。フランスで発行された音楽雑誌の表紙を飾りました(1985年)。
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