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アートの力

掲載日:2008年5月8日
柳幸典氏は、2008年4月末に公開された犬島アートプロジェクトを始め、産業遺跡をアートによって再生させようとする数々のプロジェクトに取り組まれています。広島市立大学に赴任されてからは、2007年より、HIROSHIMA ART PROJECT(広島アートプロジェクト)を展開され、初年度は、旧ゴミ焼却施設を核とした「旧中工場アートプロジェクト」を実施されました。2008年11月には、その第2弾として、Migration(移住、移民、移動)をテーマとした「CAMP HIROSHIMA (キャンプ広島)」を開催されます。

ゴミ焼却施設というと、通常、地域の人にはあまり歓迎されない施設ではないかと思うのですが、昨年はそこを舞台にアートプロジェクトを展開され、広島市民のみならず、県内外からの鑑賞者を楽しませていただきました。初年度のプロジェクトを終了され、どのような手ごたえを感じていらっしゃいますか?
昨年の旧中工場での展示に関しては、旧中工場という場を最大限に利用すること(雰囲気や現状をそのまま活用する)や、美術の専門的鑑賞者ではない人たちに対してもわかりやすく、楽しめることを企画のミッションに据えました。美術について専門的知識を持たれない方からも「とても楽しめた」、専門家からも「大変楽しめた」というご感想をいただきました。この両者に満足してもらえるということ、これは通常、相いれない部分なんですね。それができたのは、一つには、旧中工場という巨大な空間の中にとけ込み、肉眼では見つけにくい極小の作品を配置したため、探し出す楽しみを鑑賞者に与えたということです。我々は、美術展に行く時、見えることを期待し、それを前提に行きます。ところが、展覧会場に行っても、見るべきものを探さなければならない。これは、鑑賞者の能動性を引き出すとともに、“見つけた時の感動”を与えたようです。また、“ゴミやホコリ”といった普通は汚いとされているもの、捨てられるべきものを、錬金術的に美術作品に変換したという革新性にもよると思います。そういったことなどが高い評価を受け、旧中工場アートプロジェクトは、毎日新聞主催の「この1年 美術展覧会ベスト5」に選ばれました。

「旧中工場」を実験的アート、挑戦的アーティストを生み出す工場と捉え、活用されていきたいということですが、使われなくなったゴミ焼却施設をそのような形で再生したならば、近隣の吉島地域や広島には、どのような効果が現れるとお考えですか?
使用されなくなったゴミ焼却施設など、誰も見向きもしないもの、普通ならば撤去が考えられるものではないかと思います。誰もアートの施設になるとは思わない。ところが、アーティストにとっては、魅力的なんですね。巨大なゴミ焼却ピットなど、わざわざ美術のために作ったりできない。ピットの空間をイマジネーションするだけで、色々な発想が生まれます。特殊な施設であればあるほど、面白いアイデアで出てきて、面白い作品が生まれる可能性があります。
廃墟化が免れない施設にアーティストが関わることで、そこが面白くなっていく。そこにあるものを利用しながらも、今までになかったものや価値が生み出されていく。それを地域の方々に見ていただく、いや、地域の方々と一緒にやっていくことで、今まで見向きもされなかった場所が注目され、不要になった産業遺跡を自然に負荷を与えない形で次の時代に再利用していこうというムーブメントが生まれてくるのではないでしょうか。
また、現在、先端的な文化機関は東京に集中しています。だから、若者などは東京に出て行きたがる。しかし、東京に行くよりも面白いことが広島でやられていたら、どうでしょうか?しかも、その面白いことを市民とアーティスト、そして大学が一緒になって創り上げていたら、広島に文化的なアイデンティティが生まれ、広島の魅力もさらに高まっていくのではないかと考えています。

昨年の「旧中工場」を舞台としたプロジェクトでも、サテライト企画として、被爆建物である旧日本銀行広島支店での企画展を自ら企画・運営されていらっしゃいました。広島アートプロジェクトは今後も続けられることと思いますが、アーティスト柳幸典として、広島にどのような価値を提起していきたいとお考えでしょうか?
その土地の魅力というのは、そこにずっと暮していると気づきにくいということがあります。他所から来た人の方が、そこの価値に気づきやすい。広島の持つ歴史性は、アーティストを惹きつけます。色々なアーティストが通り過ぎていくことで、広島にも様々な新しい発見が生まれると考えています。ですから、色々なことを気づかせてくれるであろうアーティストに対して優しい都市の風土を築いていくことが重要で私としてはこのプロジェクトがその一助になればと思っています。また、ビジュアルアート(美術)は、鑑賞する人を主体的にします。主体的にならないと理解できないからです。主体的に鑑賞するということは、自分の頭で考えるということです。広島という場で制作された作品の持つメッセージについて自分の頭で考えていただくことで、地域の歴史や課題、そして将来について主体的に考えていただけるのではないか。私は、ビジュアルアートがそのための装置になるのではないかと考えています。

最後に、2008年11月に開催される「CAMP HIROSHIMA (キャンプ広島)」について、現時点でPRしていただけることがございますか?
広島アートプロジェクト実行委員会では、「CAMP HIROSHIMA (キャンプ広島)」の先駆けとして、2008年2月に国際美術展「CAMP BERLIN (キャンプベルリン)」をドイツの首都、ベルリンで開催しました。広島とベルリンの都市間交流のもとで、ベルリンから広島へと継続されていく一連のアートプロジェクトとして企画しています。migration(移民・移住・移動)をテーマとし、日本とドイツの若手アーティストが参加します。2008年は、ブラジル日本移民100周年にあたり、国際平和文化都市であり、また、多くの移民を送り出したという歴史を持つ広島において開催するに意義のあるプロジェクトと考えています。
ベルリンに行ってみますと、多民族社会で、多様な人たちがそこに暮らすことによって社会の活力が生まれているように感じます。広島にも様々な背景を持つアーティストをよびたい。そのことで、広島という都市の持つ魅力をさらに高めていければと思っています。

本日はご多忙の中、ありがとうございました。柳氏は、2008年6月6日(金)に開催されるアートマネジメント研修でも、「アートの力」ということでお話をされます。ご興味のある方は、ご参加ください。
【参考】犬島アートプロジェクト